チョッちゃんは実話?モデルとなった黒柳朝を調査

記事内に商品プロモーションを含む場合があります。

2025年、再放送される朝ドラ『チョッちゃん』。

チョッちゃんは、どんな作品なのでしょうか。

物語内容は、実話なのか。

モデルとなった黒柳朝さんはどんな方なのか

気になる内容がたくさんあります。

今回は『チョッちゃん』や黒柳朝さんについて調査してみました

目次
本

1987年に放送された朝ドラ『チョッちゃん』。

物語は、実話なのでしょうか。

チョッちゃんは実話に基づいたフィクション作品です。

物語の全てが実話ではないことが判明しました。

原作本

チョッちゃんには、基になった原作本があります。

原作は『チョッちゃんが行くわよ』という作品。

この原作本を基に『チョッちゃん』は、制作されました。

原作本の作者は、黒柳朝(くろやなぎちょう)さん。

『チョッちゃんが行くわよ』は、黒柳朝さんの自伝本です。

本の内容は、主に作者の生い立ち。

結婚後の生活や子育てエピソードなどが綴られています。

発売当時、この本は話題となりベストセラーに。

そして、原作本が発売されてから5年後の1947年。

朝ドラ『チョッちゃん』の放送がスタートしました。

相違点

チョッちゃんは、実話を基にしたフィクション作品。

物語の大まかなあらすじは、原作を基に事実に基づいた展開です。

しかし、事実と相違する内容もあります。

どのような点が事実と異なるのでしょうか。

例えば、授かった子どもの人数も事実と異なります

チョッちゃんでは、ヒロイン『蝶子』には2人子どもがいました。

しかし、黒柳朝さんは4人子どもを授かっています。

このように事実と相違する点が『チョッちゃん』にはあります。

『チョッちゃん』に限らず、朝ドラの多くは実話を基にしたフィクション作品であることが多い印象です!

脚本

チョッちゃんの脚本は、金子成人(かねこなりと)さんが担当しました。

1972年に脚本家としてデビューした金子成人さん。

1979年には、放送文化基金賞を受賞。

2025年現在まで、様々な作品を手掛けていらっしゃいます。

担当した作品には、人気ドラマ『大都会』や『大追跡』。

『鬼平犯科帳』や『水戸黄門』などの時代劇作品の脚本も書かれていました。

2005年には、大河ドラマ『義経』の脚本も担当されています。
朝ドラと大河ドラマの両方経験されているなんて凄い方ですね!

時計

朝ドラ『チョッちゃん』のモデルは誰なのでしょうか。

チョッちゃんのモデルは黒柳朝(くろやなぎちょう)さんです。

黒柳朝さんは、黒柳徹子さんの母親として有名。

チョッちゃんの原作の執筆は、黒柳徹子さんがきっかけだと判明しました。

では、黒柳朝さんはどんな方だったのでしょうか。

モデルとなった黒柳朝さんについて調査しました。

年表

年代主な出来事
1910年北海道空知郡滝川町で誕生
1923年岩見沢高等女学校へ進学
1927年進学のため上京
東洋音楽学校声楽科へ入学
ヴァイオリン奏者・黒柳守綱さんと結婚
1933年黒柳徹子さんを出産
1945年3月青森県へ疎開
1945年8月以降再び東京へ戻る
1982年チョッちゃんが行くわよの連載スタート
1987年朝ドラ『チョッちゃん』放送
1996年チョッちゃん物語を刊行
(1996年にアニメ映画化)

経歴

黒柳朝さんは、1910年9月6日に北海道空知郡滝川町で生まれました。

父親は、開業医として働いていたそうです。

1923年に岩見沢高等女学校へ進学。

進学後、四年間寄宿舎で生活していました。

朝ドラ『チョッちゃん』で物語のスタートは、1927年。
ちょうど、寄宿舎生活を終える頃ですね。

1927年、黒柳朝さんは東洋音楽学校の声楽科へ進学します。

進学を勧めたのは、黒柳朝さんの音楽教師だったそう。

進学後、演奏会である男性演奏家に出会いました。

その男性の名前は、黒柳守綱さん。

黒柳守綱さんは、黒柳朝さんより2歳年上の男性。

新交響楽団で首席ヴァイオリン奏者として活躍していました。

その後、黒柳朝さんと黒柳守綱さんは結婚

結婚がきっかけで、黒柳朝さんは大学は卒業せずに中退したそうです。

1933年に長女の黒柳徹子さんを出産。

黒柳朝さんと黒柳守綱さんは、四人の子どもを授かりました。

1944年、黒柳守綱さんが中国へ出征。

翌年の1945年、黒柳朝さんは子ども達と青森県に疎開。

疎開先で黒柳朝さんは、行商として生計を立てていたそうです。

東京へ戻ってからも、行商として働くことを続けました。

1949年、黒柳守綱さんが帰還。

その後、黒柳守綱さんは東京交響楽団のコンサートマスターとして活躍されました。

1981年に娘の黒柳徹子さんが『窓際のトットちゃん』を出版。

窓際のトットちゃんは、ベストセラーに。

この作品で、黒柳朝さんの存在が世間に知られるようになりました。

そして、1982年に黒柳朝さんは自伝エッセイを連載

この時に連載した作品が『チョッちゃんが行くわよ』です。

これがきっかけとなり、黒柳朝さんは随筆家として活動。

黒柳朝さんが執筆した著書は、こちら。

著書
  • チョッちゃんが行くわよ
  • チョッちゃんだってやるわ
  • バァバよ大志をいだけ
  • チョッちゃんのここまで来た道
  • チョッちゃんの心はいつもコロンブス
  • チョッちゃんの私は心の花咲かバァバ
  • トットちゃんと私
  • 花があったからいつも倖せだった
  • 魔女っ子チョッちゃん―旅のまにまに
  • チョッちゃん物語
  • チョッちゃんは、もうじき100歳

チョッちゃん物語は、1996年にアニメ映画化されました。

たくさんの作品を残した黒柳朝さん。

2006年8月16日、黒柳朝さんは95歳で生涯に幕を閉じました。

  • チョッちゃんは、実話を基にしたフィクション作品
  • 黒柳朝さんは、黒柳徹子さんの母親
  • 随筆家として活動し、多くの著書を残している

朝ドラ『チョッちゃん』が、2025年3月24日から再放送。

『チョッちゃん』は、管理人にとって初見作品です。

モデルとなった黒柳朝さんは、素敵な方だと調査していて感じました。

そんな黒柳朝さんがモデルとなった、チョッちゃん。

どんな作品なのか、放送前から期待が膨らんでいます。

再放送される日が楽しみです!

ここまで読んでいただきありがとうございました。

【関連記事】

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次